Vol.15 易の言葉1(乾為天)

露と落ち露と消えにし我が身かな 浪速のことは夢のまた夢

豊臣秀吉


 八卦
 (乾) (兌) (離) (震)
 (巽) (坎) (艮) (坤)
 易の基本は八卦であり、八卦と八卦の組み合わせで六十四の卦がある。それぞれについて具体的にどういうことが書かれているのか、一つ一つの卦についてお話していこうと思う。
 六十四卦の第一番は「乾為天」。
 内卦も外卦も乾☰で構成されている。つまりすべての爻が陽爻(─)である。占ってこの卦が出たときにイメージされる事物は太陽であったり王であったり男であったり龍であったりする。非常に堂々たる卦なのである。君子の卦ともいわれる。よくこの卦の象徴として取り上げられるのが豊臣秀吉の人生である。
 六十四卦にはそれぞれに卦辞という総論的な説明と、爻辞といって6つの爻それぞれの説明がついている。この説明文が非常に含蓄のあるものではあるのだが、分かりやすいものもあればチンプンカンプンなものもある。その中でこの乾為天は大変簡明に書かれている。まず卦辞は「元亨利貞」。意味は「何事も思うようにいく、ただしまじめにやらなければいけない」というようなことである。次に爻辞だが、これが秀吉の人生を彷彿させて興味深い。簡単に説明する。
初爻「潜龍用いるなかれ」
 龍の成長過程になぞらえて6つの爻が説明されているが、初爻の意味は、まだ池の中にじっとしているような龍の子供なのだから、他人に使われるようなことはない。秀吉でいうと日吉丸と呼ばれた風来坊の頃の状態。
二爻「見龍田にあり。大人を見るに利ろし」
 子供の龍が頭だけそっと出してあたりをうかがっているところ。引き立ててくれる立派な人にめぐりあえると良いといった意味だが、秀吉でいうと、信長のもとにころがりこんで、猿、猿と叱られながらも才気を見せ始めた頃。
三爻「君子は終日乾乾。夕に惕若たればあやうけれども咎なし」
 そろそろ危険がせまってきているが、慎重に行動して、つねに反省をくりかえしていれば大事にはいたらない、といった意味。秀吉もいよいよ頭角を現してきたが、それだけに周りの武将たちに嫉妬や警戒心をもたれ始めた。しかし非凡なこの男は、自分を愚かで滑稽に見せることで危機を脱して、ひそかに地盤を固めていた。
四爻「或は躍りて淵に在り。咎めなし」
 成長した龍が一躍水上に姿を現して、天に飛び立とうとするところ。秀吉も実力を蓄え、信長のNo.2として自他ともに認められるようになる。
五爻「飛龍天に在り。大人を見るに利ろし」
 ついに龍は雲に乗り風を巻いてどこまでも天を駆けていく。もう誰にも止められない。信長の思わぬ死によっておとずれた一瞬の機会をとらえて天下を取った秀吉は有力武将を片端から押さえつけて盤石の体制を築いたかに見えた。
上爻「亢龍悔有り」
 昇りすぎた龍は一気に下り始める。秀吉の晩年、豊臣家の滅亡についてはいうまでもない。

 ナポレオンもヒットラーも、だいたい独裁者の運命はこんな感じになる。リビアのカダフィ大佐が現在直面している事態も、まさに「亢龍悔有り」である。
秀吉は易を知らなかったのだろうか。徳川家康は儒学に精通していたというから、おそらく易についてもよく知っていたはずである。常にこの乾為天の上爻を念頭においていたに違いない。
 乾とは天のことである。神とおきかえても当たらずとも遠からず。人が神の地位を求めようとするとその結末はおそろしいことになる。天とは夢の意味でもあるのだろう。秀吉は死にあたって冒頭の言葉を残した。西郷隆盛も自裁の直前に「すべて天のことだ」と言ったと伝わっている。人生はすべて夢なのか。

2011.02.28

Vol.14 五行について2

天然の設計による平衡を乱す前にはよほど考えてかからないと危険なものである

寺田寅彦


 日本の伝統的な考え方の根底に陰陽と五行とがあり、節分や土用など季節折々の行事や風習に影響を与えているということを前回書いたが、今回はその続き。
 五行の基本的な考え方は「相生」と「相剋」である。簡単に説明すると・・。
 古代中国人は、森羅万象あらゆる現象を木、火、土、金、水の「五行」にあてはめて考えた。この5つは、ある時は相手を生み出し(相生)、またある時は相手を滅ぼしていくという二つの相反する性格を持っている。
 まず相生。
① 木生火
  木は火を生じる。木が無ければ火は燃えないということ。
② 火生土
  火は土を生じる。火が燃え尽きると灰(土)になるということ。
③ 土生金
  土は金を生じる。金は土の中から産出されるので。
④ 金生水
  金は水を生じる。金(金属)が冷えると表面に水滴が出るところから。
⑤ 水生木
  水は木を生じる。水で木が育つところから。

 次は相剋。
① 木剋土
  木は土に勝つ。木は地中に根を下ろし、土から養分を奪い取るので。
② 土剋水
  土は水に勝つ。土は堤防となって、水の勢いをせきとめるので。
③ 水剋火
  水は火に勝つ。水は火を消すので。
④ 火剋金
  火は金に勝つ。火は金を焼いて溶かしてしまうので。
⑤ 金剋木
  金は木に勝つ。金属製の斧や鎌が木を切り倒してしまうので。

 自然界も人間界も、この相生と相剋を繰り返しながら成り立っているという考え方が五行思想である。
 五行に似た考え方は西洋にもある。古代ギリシャでは、地、水、火、風を「四大元素」とし、ピタゴラスはそこに空を加えた。ちなみに最近の映画に「フィフスエレメント」というのがあったが、そこでは四大元素につづく5番目の元素が地球を救うということになっていて、それは「愛」であるというのがミソだった。
 しかし、相生、相剋というのは東洋独特の思想であるようだ。西洋では善悪をはっきりさせないと気がすまないところがある。一方古代中国人はそのあたりがあいまいで、何事も善になったり悪になったりすることがあり、そもそも善とか悪という概念が明確ではなかった。易の考え方はまさにそういうものであり、易の発展系ともいえる五行にいたっては善悪(陰陽)が常に連鎖して循環している。
 相剋に近い考え方に「三すくみ」というものがある。蛇は蛙を食べ、蛙はなめくじを食べ、なめくじは蛇を溶かしてしまうという類いの話だ。じゃんけんもそういうものだ。なめくじが本当に蛇を溶かすかどうかは知らないが、こういうことは日常においてもまま見られる話で、会社に社員は使われているが、社員は家庭にあって妻子にいばっている。しかし妻子ら購買層に会社は頭があがらないという図式である。現実にはそううまくは行かなくて、会社でうだつがあがらぬ男は家庭にあっても似たようなものだが、三すくみであるのが理想的な形である。
 環境問題が云々される昨今だが、環境を壊している最大の原因は人間だけが強くなりすぎたことである。人間の「叡智」といわれるものが伝染病や大水害をなくすことは決して悪い事ではないが、調子に乗って自然の生態系を思うがままに変えられると思い込み始めたあたりから地球はおかしくなってきた。
 何事も一人勝ちはよくないのである。
 冒頭の言葉は寺田寅彦の随筆からの抜粋である。前にも引用した寺田寅彦は、「天災は忘れた頃にやってくる」で知られる明治時代の物理学者だが、時代の先の先を見通しているかのような警句を多数残している。先の言葉は次の一文につながっている。
「野獣も盗賊もない国で安心して野天や開け放しの家で寝ると風をひいて腹をこわすかもしれない。○を押さえると△が暴れだす」

2011.02.15

Vol.13 五行について1 恵方巻雑感

鶯の恵方を向て 鳴にけり

正岡子規


 2月3日は節分であるが、節分の意味については知らない人が多いのではないか。豆をまいて鬼を追っ払って福を家に入れるということをする日だということは誰でも知っているが、実は節分は1年に4日ある。
 節分というのは立春の前日のことで、つまり季節の変わり目の日である。本来なら、立夏、立秋、立冬の前日だって節分なのだが、なぜか春の前だけを節分と呼ぶようになった。ついでにいうと、土用というのがある。これも立春、立夏、立秋、立冬を基準にして、その直前18日間のことをいう。節分も土用の期間中にあることになる。節分同様土用も年4回あるのだが、なぜか立秋前の土用だけが一般的に知られていて、うなぎを食べる時季とされている。
 土用の話を始めるとだんだんこんがらがってくるのだが、途中でやめる訳にはいかないので続ける。
 中国の古代思想の根本にあるものは陰と陽の考え方である。万物のはじまりは点のようなものでこれを「太極(たいきょく)」と呼ぶが、それが陰--と陽─の二つに分かれた。この陰と陽がいろいろに組み合わさって森羅万象あらゆるものを形作っていると考えられ、易はこれが体系化され(卦というマニュアルにまとめられて)、占いや哲学として発展したものであるが、この陰陽思想とともに古代中国で生まれたものが「五行(ごぎょう)」である。これは万物の本質を「木」「火」「土」「金」「水」の5つに分類して、それぞれの相互作用で世界がまわっているという考え方である。すべての事柄がこの5つのどれかにあてはめることができるとするが、たとえば季節はどうなるかというと、春=木、夏=火、秋=金、冬=水となる。なんとなく分かる。ところが困った、土はどうする?仕方がないので季節の変わり目にあてはめて土用とした。
 これが五行という考え方であるが、後に陰陽思想と絶妙に融合し、混じり合っていくうちに、占いの方では五行易というものが生まれる。断易ともよばれて、十干、十二支を取り込んでどんどん複雑なものに変化していった。平安時代に日本に持ち込まれた後は、「陰陽道」として発展し、安倍晴明のようなカリスマ陰陽師も出現して、国家思想にまでのぼりつめるのである。
 どんどん話が大きくなってしまったが、話を節分に戻す。
 ここ数年、節分近くになると「恵方巻」などという聞き慣れない言葉が巷に溢れ出す。節分の夜、恵方の方角に向かって、太巻きを、立ったまま、目をつぶったまま、一息に食べるとその一年の息災を得ることができるというものである。想像するだけで喉が詰まりそうだ。東京にはない習慣で、筆者の育った信州でも聞いた事がない。恵方の方角に初詣をするという「恵方詣(えほうもうで)というのは江戸時代から明治にかけてあったと聞いたことがあるのだが。
 どうやら関西の商家の習慣らしい。太巻きというのは関東より関西で好んで食べられるというし、恵方という言葉も関西人がよく使う(関東では吉方)。
太巻きを切らずにしかも立ったまま食べるなんて、よほど腹が減っていてしかも忙しい人が始めたのだろう。お行儀もよろしくない。確かに関西的な趣である。
 今のところ習慣行事として定着はおろか、流行ともいえない。寿司や海苔の業界、コンビニ、スーパーが2月という売れ行きのパッとしない時季に何か一つ当ててやろう、と始めたのだろうが、定着するとは思いにくい。
 恵方巻のことを書きたいわけではなかった。恵方について書かねばならない。恵方というのは歳徳神(としとくじん)のいる方位をいう。歳徳神とは、その年の福徳を司る吉神のことであるが、日本の神道の系列にはない神様のようだ。折口信夫はこう書いている。 「これは歳徳神と陰陽道風にいい表されている年神なのである。この神は、神道以外、いや神道以前の神であるため、記・紀その他にその名も見えない」
 つまり得体の知れない神様なのだ。しかもこの神様、毎年居られる方向が違う。今年は干支でいうと辛卯(かのとう)だが、辛の年は丙の方向=南南東となる・・・ややこしくて説明していてもこんがらがってしまう。(表を見てください)
 干支というのは十干と十二支のことで、十干というのは甲乙丙丁戊己庚辛壬癸のこと。これこそ五行の基本なのだが、ますますややこしくなるので五行については次回に詳しく書きます。
 とにかく、陰陽道という日本発の宗教というか風俗というかあやしげなものに基づいた、これまたあやしい神様の居るらしい方角を向いて太巻きをほおばるという、これも十分に怪しいことをするのが恵方巻なのである。
 易とか占いを迷信としてまるで信じない人でも、神様となるととことん信じて、そっちに良い神様がいると聞いたら、目的を変えてまでそっちに行く人がいる。これを方違えという。これをどうのこうの言うつもりはないのだが、あまりにも論拠が脆弱すぎはしないだろうか。このあたりのことも五行とともに次回に。

2011.01.30

Vol.12 おみくじ考

「ひそかに引きひそかに開く初御籤」

山口青邨


 初詣という習慣は明治に入ってからのものだという。元来、年があらたまったら、家の仏壇や神棚にお供えをしてお参りをしたもので、わざわざ寒中外に出て寺や神社に詣でることはなかった。しかし、家の中に仏壇や神棚がある家はよいが、ない家もある。そういう人たちはやむなく外に出てお参りをした。これが初詣の始まりなのだと聞いた。ようするに庶民の行事なのである。  現代では庶民だろうと金持ちだろうと、行きたい人は行くし行かない人は行かない。私は貧しい者だが行かない。少なくとも正月には行かない。そう決めていたのだが、なぜか今年に関しては、正月二日に詣でて来た。それもハシゴで。
 なぜそんな気になったかというと「おみくじ」を調達するためである。もともとおみくじには興味があった。おみくじも占いの一分派である。それも易の流れをくんでいる節がある。本欄のネタ探しもかねて出かけていった。
 初めに向かったのは、「おばあちゃんの原宿」の異名で知られる巣鴨のとげぬき地蔵である。正式には曹洞宗満頂寺高岩寺という。その名のとおり、のどに刺さったとげを抜いてくれたり、いろいろな痛みを癒してくれるという霊験あらたかな地蔵菩薩がご本尊であるのだが、秘仏ということで実際に拝仏することはできない。仕方がないので参詣者は尊像が描かれた小さなお札を買って痛いところに貼ったり吞み込んだりして有り難がっている。
 ここで売られているおみくじも大変当たるという評判だ。正月ということもあるのだろうが、たしかに凄い。おみくじを買うのに長蛇の列になっていた。20分くらい並んだろうか。行列ができる飲食店がおいしいとは限らないが、おみくじの方はどうであろうか。
 苦労して調達したおみくじは「吉」であった。運勢について次のように書いてあった。

—このみくじにあう人は、初め思うように行かなかったのが、今度は先方から吉運が押しかけて来るといった相(すがた)である。とにかく今までは苦労が多かったのに、一夜明ければ元旦の如く、諸事新しく改まって、福運がつぎつぎと飛び込むというまことに芽出たい運勢である。(ここまでは大変よろしい)
 しかしこれにてもいろいろと苦労した効(かい)があっての事、夢心地で居てはいけない。この幸運を活して、更に大幸運とするよう努力しなければ、折角の天が与えた幸運を空しくする結果となる。(調子に乗るなと釘をうっている)

 易占いでいえば地天泰「吉にして亨(とお)る」といった非常に良い卦であるが、こういう時はそっと悪運が忍び寄っていることもままあるのでよくよく注意することが必要である。
 おみくじには普通、吉、末吉、小吉、中吉、大吉、凶、大凶などの分類がある。大吉と大凶が良い方と悪い方の親玉のようにおもわれがちであるが、いちがいに言えないのは易と同じ事。むしろ凶や大凶というのは最底辺にいるのだからこれから上がっていくしかないとして、むしろ喜ばしい結果と言えなくもない。易ではすべて「中」ということを大事にする。中庸、中くらいが一番という思想であるが、そう考えると、中吉が一番安心なのかもしれない。
 とにかくまずまずいい気分になったところで、今度は雑司ヶ谷の鬼子母神へ。ここも小さなお堂だが、なぜか人気スポットで、参詣客が長い行列を作っていた。おみくじの方はそれほどでもないのですぐに買えた。ちょっと変わったおみくじで、赤い厚紙の筒の中に入っている。筒といっても長さ5センチ直径1センチほどの小さなもの、表に「みくじ」と書いてある。
 どうでもいいことだが、おみくじを漢字で書くと御御籤となる。ただの籤(くじ)に御を二つのっけている。たいへんな尊敬ぶりではないか。鬼子母神のように「みくじ」で良いところに、もう一つ「お」をつけているのだ。私小説を中心に、独特の味わいの作品を残した作家の木山捷平もそこが気になったようで、「おみくじ巡り」という随筆の中でこんなことを書いている。
「おみくじという用語は、くじの上に御の字が二つくっついて御御籤となっているのを私は今回はじめて知った。(中略)言葉としてすぐ連想したのは「おみおつけ」という用語だった。これはいうまでもなく味噌汁のことで、自分はこんな面倒くさい言い方をしたことはないが、人がいうのを耳にしたことは度々ある。味噌汁とおみくじを一緒にするのはどうかと思うが、用語としては何となく東西両横綱のような気がして大変おもしろかった」
 
 日本の庶民は味噌汁と同じように、おみくじをたいへん大切にし期待を込めて来たのであろう。冒頭の青邨の句には、市井のかたすみでひっそりと生きる小市民のささやかな期待とせつなさがにじみ出ている。
 さて、鬼子母神のおみくじだが、おかげさまで大吉。こちらも一安心。
 —こいつぁ春から縁起が良いわいなぁ

2011.01.15

Vol.11 占いと予想

ケントク信ずべからず

菊池 寛


 有馬記念のことである。前回のコラムで「占いを少しでもかじったことのある者なら、勝ち馬を当てることくらい、そんなに大変なことではない」などと豪語したものだから、是が非でも勝たねばならない、と勢い込んで中山競馬場に乗り込んだ。

 学生時代に競馬狂の悪友が二人いて、彼らに競馬の面白さと怖さとばかばかしさを教え込まれた。卒業して30年近くたった今でも、春のダービーと暮の有馬記念はこの二人の馬友と旧交を温めることになっている。といっても、ひたすら馬の話をして馬券を買うだけのことだが。今年も寒風吹きすさぶ冬枯れの芝生の上で、ぬる燗をすすりながら「特別な一日」を過ごした。競馬好きにとって有馬記念というのはまさに特別な一日で、たとえば会社の大事な仕事とどちらを優先させるかと問われたら、ためらうことなく有馬記念というであろう。なんという愚問かというような顔をして。

 競馬評論家の井崎修五郎さん(だったと思う)がどこかで言っていたが、小説を書く仕事の人を「作家」といい、絵を描く仕事の人を「画家」というが、競馬のことで食べている人のことを「馬家」というのだそうだ。もちろん「ばか」と読む。言い得て妙である。この馬家の先駆者ともいえるのが、作家の菊池寛である。作家というよりも文藝春秋社の創立者として、芥川賞・直木賞を創設した人としてよく知られている。もちろん小説家としても「父帰る」や「恩讐の彼方に」などの名作を残している。そして自ら競走馬を所有するほどの競馬通でもあった。冒頭の言葉は、菊池の著書「日本競馬読本」の中で残している。日本競馬読本は競馬にかかわる玄人素人問わずに、いわばバイブルとして知る人ぞ知るものである。

 「ケントク」という言葉を聞いてピンとくる人は相当な「馬家」である。菊池寛の文章を少し引用してみる。

 ―しばしば云うように競馬は全く合理的なものである。ごく稀には偶然の勝馬と云うのもあり得るけれど、それは例外である。合理性に立脚していない勝馬と云うのはほとんどない。それにも拘わらずケントクで馬券を買っている人があるとすれば、これは甚だしい馬券の邪道であり、競馬趣味と云うものを理解している人ではない。・・・競馬場へのいきがけに、キミヨさんと云う女の知り合いに逢う。ところがその日のレースにキミヨと云う馬が出る。うんこれは面白い。キミヨと云うこの馬を買ってやれ、そう云う決心になってキミヨと云う馬を買ったら、俄然それが穴を明けて儲けたと云うような類の話を聞かされた事もある。

 ケントクとは暗示というような意味である。語源はよくわからないが、「見徳」と書くらしい。前兆とか縁起というような江戸ことばである。

 最近はケントクに替わって「サイン買い」という言葉が用いられることが多い。大きなレースになると事前にポスターが作られ新聞やテレビで広告が打たれるが、そこで使われているキャッチフレーズやタレントの名前の中に勝ち馬を暗示する何かが隠されているというものである。たとえば「夢の継承」とかいうキャッチフレーズのときにはユとメの馬が来るといった類の話である。実際にそうやって「ダイユウサク」と「メジロマックイーン」の馬券を当てた知人がいる。

 いくら菊池寛がそういう買い方は邪道といったところでそういう買い方を好む人はいくらでもいる。占いにも同じような考え方がある。以前コラムでちょっとだけ紹介した「梅花心易」がその代表的なものである。中国・宋の時代の邵康節という儒学者が考えたものと言われている。普通易占いは筮竹や銭を使って行うが、梅花心易の場合は自然の事物からヒントを読み取る。たとえば鳥がはじめチュンと鳴いて次にチュンチュンと泣いたら1、2という数字をそこに読み取って1=天、2=澤で澤天夬(たくてんかい)という卦を出すのである。神意が必ず何らかの形でサインを残してくれているという考え方である。日本の辻占いは、町の四つ角に立っていてそこを通る人の会話やつぶやきを聞きとってそこから神意を読むとるというものであるが、これも梅花心易の変形といえる。

 おそらく競馬の「ケントク買い」も「サイン買い」も同じことで、神様のつぶやきをどうやって拾うかという1点にかかっているのであろう。

 菊池寛はケントクは邪道だと言っているが、占いで競馬は当たらないとは言っていない。日本競馬読本ではこんな風に書いている。
 ―僕の友人で、霊媒術をやっている人がある。一度競馬に連れて行けというので、一緒に出かけて占わせてみると、三鞍たて続けに当たった。その一つは二百円の大穴であった。これには僕も感心してそれなら今度はこの男のいう馬を買ってみようという気になった。買ってみると今度は外れた。これは恐らく欲が入るからいけないのであろう。その友人自身は別段それによって馬券を買おうというのでも何でもないから欲はないわけだが、やっっぱりこっちがその友人のいう番号の馬を買ってもうけてやろうという欲心が向こうの精神へ影響して行くのに違いない。

 一体何を長々と書いているのかと思われるであろう。賢明な読者はとっくに察しておられると思うのだが、ようするに言い訳をしているのである。

 有馬記念の占いだが、出た卦は澤火革から澤天夬に変ずるというものだった。澤の象徴する色は白。とにかく勝ち馬は白に関係しているものであり、革=改まるという意なのであるからには、一番人気の馬は勝たないにきまっている。人気のブエナビスタの勝ちはなく、白=1枠の馬=ヴィクトワールピサが勝ちできまり、とそこまではノートに記したのだが、いざ馬券を買う段になったら欲が出た。ブエナビスタが勝たないはずはない。何か違うサインはないものかと卦を何度も読み返し、「大人は吉にしてとおる」という、ブエナに都合のよい言葉を無理に探して、ブエナ単勝につぎこんでしまった。白のヴィクトワールピサが優勝したのはまさに神意の通りであったのに、欲が目をくらませてしまった。

 やはり占いで競馬は勝てないのであろうか。高島嘉右衛門翁の「占いは売らない」という名言が心にしみる年の暮れである。

2010.12.31
  

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